読書感想文がテーマのイベントをみかけると、いつも思い出すことがある。子供の頃、他人の読書感想文を書きまくって大儲けをした記憶だ。後にも先にも、人生であんなにたくさんの感想文を一度に書いた機会は他にない。
私が小学3年生の時だった。我が家はとても貧乏で、いろんな事情により引っ越し、転校を繰り返していた。
どのくらいの貧乏かというと、家族4人で2LDKのアパート暮らしで、クーラーもなく、食卓には時折ご飯に前日のお味噌汁をかけただけのものが出てくることもあるくらいのレベルだった。いわゆる「ねこまんま」というメニューで、当時はそこまで気にしていなかったが、大人になりご飯を作る立場になった今思い返すと、まあまあえぐい状況だったんだな…と思う。
私と弟にお小遣いなどはなく、誕生日やクリスマスのプレゼントも、お年玉もない。当時みんなが持っていたファミコンやゲームボーイももちろんなかった。
しかし小3にもなると、少しずつまわりの子はお小遣いをもらい始め、外で遊ぶ際に、駄菓子屋さんでお菓子を買ったり、自販機でジュースを買ったりするようになってくる。
小3の5月に引っ越した私は、同じアパートに住んでいた女の子のジュリちゃんと、近所の一軒家に住んでいたアヤノちゃんと仲良くなった。同じ学年で登校班が一緒だったため、その土地で最初の友達だった。ジュリちゃんは元気で活発な子。アヤノちゃんは顔が可愛くて上品な子だった。
彼女たちも、もれなく「おこづかい」を貰っていて、遊んでいる最中にジュースやお菓子を買ったりしていた。
そのたびに私は「喉乾いてないからいい」「お腹空いてないから買わない」と誤魔化したり、2人が美味しそうに食べたり飲んだりしている時間を、なるべく気まずくなく見えるよう努力したりしていた。
すると、哀れな貧乏人を見かねてリッチな2人がおずおずと「ナミちゃんもいる?」などと恵んでくれようとしてくる。特にアヤノちゃんは、ほぼ毎回、分けてくれようとしていた。
やめてくれアヤノちゃん。私のことは放っておいてくれ。そんな目で見ないでくれ。ジュリちゃんみたいに何も顧みずにゴクゴク飲んでくれっ!
「ありがとう。でも大丈夫」と断れるときもあったけれど、恵まれることじたいが恥ずかしすぎて、地面に絵を描くのに夢中だったり、チョウチョやバッタを追いかけていて聞こえてないフリをしたりすることも多かった。
地面がアスファルトで絵が描けなかったり、空中に追いかけるものが何もないときは、私にしか見えない何かを追いかけるフリをすることもあった。ただのヤバいやつだ。
転校生ということで、ただでさえ友達作りにハンデのある状況。そこへ貧乏も重なる…絶対絶命だ。
いよいよまずい。どうにかして遊ぶお金を捻出しないと…!悩んでいたちょうどその頃。
夏休み直前のある日の学校でのこと。隣の席のホリくんが夏休みの宿題が記されたプリントを見ながら「あー。読書感想文1番やだわー」と言った。
ホリくんは、ちょっとポッチャリしていてやんちゃな男の子だ。いつも手首にたくさん輪ゴムをはめていて、何かあるたびに指に引っ掛けてゴム銃にして攻撃してくる。私も隣なので何回も餌食になっていた。「消しゴム貸して」と言われて「やだ」と返事をするとバシッと撃たれる。今考えると理不尽すぎる。
「馬鹿じゃん。読書感想文なんて1番楽勝じゃん。どう考えてもラジオ体操が最悪」私はそう言った。
夏休みの日誌も絵日記も算数ドリルも、やれば終わる。でもラジオ体操だけはそうはいかない。せっかくの休みなのに、なんで毎朝早起きしなきゃなんねえんだ。そして、まとめて終わらせられなくて、毎日いかないといけない。世の中にこんな最悪な宿題は他にない。なんて意地悪なんだ学校は!と思っていた。
イライラしていた次の瞬間、ホリくんがこう言った。「じゃあお前のラジオ体操行くから俺の読書感想文書いてよ」
……なんてことだ!ホリくん天才!最高だそれ!!
ポッチャリしている彼が突然シュッとして見え、後ろからピカーッっと光が瞬きだし、なんだかかっこよく思えてきた。
「そうする!」
ホリくんに自分のラジオ体操カードを渡し、ホリくんの原稿用紙を受け取った。今年の夏休みは最高だぞ!と思った。
夏休みが始まるまでの数日間、ホリくんと私だけがその秘密の計画を胸に秘めているということが妙にドキドキして、目が合うたびに2人でニヤニヤしていた。なんだか恋が始まりそうな予感もしたが、かっこよく見えたのはあの一瞬だけで、恋をするにはホリくんはあまりにも私のタイプとはかけ離れていたので、結局ビジネスパートナー止まりだった。
読書感想文は得意だった。私は読書が大好きだった。いつも図書室の本を限界冊数まで借りて読み耽っていた。友達もあまりいないし、貧乏でお金もないので、ちょうどいい趣味だった。毎日ひたすら本を読んでいたし、感想を書くことも苦ではなかった。
あらすじを書く。どこで感動して、どうして心が動いたのかを書く。そして、読み終わって何を得たのかを書く。なんでこんなもんが苦手なんやろう?ホリくんは。
他人の読書感想文を書くという初めての体験にワクワクして、どの宿題よりも真っ先にホリくんの感想文を書いた。忘れもしない。『晴れ、ときどきブタ』という本だ。主人公の男の子がホリくんにちょっと似ていたから選んだ。
ところが、夏休みに入って2,3日した頃、昼過ぎに突然ホリくんがアパートにやってきた。
「ごめん。無理」
申し訳なさそうにラジオ体操カードを差し出すホリくん。
「…え?なんで?」
「スタンプ。一人分しか押してもらえんくて」
「はー?マジで? 最悪。私もう感想文書いたのに!」
「はやっ!…ごめん……」
怒りながら、でも半分「そりゃそうだよな」とも思いながら、ホリくんの原稿を取りに行った。『晴れ、ときどきブタ』上手くかけたから、せめて「すごいな」って褒めてもらおう。そう思っていた。
玄関に戻ってホリくんに原稿を渡した。すると……
「はい……」ホリくんはポケットからマジックテープの財布を取り出し、300円を私にくれた。
「…え?」
思いもよらなかった。理解するのに時間がかかった。
「内緒にしてね。じゃあ」何も言えずに黙っている私にそう言って、ホリくんは原稿を持って帰っていった。
ホリくんにとっては苦肉の策だったのかもしれない。まだ3年生だ。お金で感想文の対価を支払うという行為を意図的にしたわけではなく、約束や計画がダメになったことも含めて、何かできないかと必死に考えて、ラジオ体操の代わりに、たまたまあったポケットの財布のお金を思いついたのかもしれない。
でも、それは私にとっては最高の出来事だった。念願のお小遣いが手に入ったのだ。
初めて手にした自分のお金。これで、アヤノちゃんたちとジュースが飲める。たった300円だったけれど、大事に、大事に使った。
初めてアヤノちゃんたちと一緒にジュースを飲んだ日の感動は今でも忘れない。夏休みにたまたまいつもの3人で遊ぶことになり、いつもの自販機でジュースを買おうとした。私はもう興奮状態だった。
ーこれで、やっと対等な友達になれる。
「今日は、私も飲もうかな」
あの時の2人の驚いた顔も、初めて自分のお金で買ったオレンジジュースの味も忘れない。お金を投入口から入れるのに慣れてなさすぎて、指が震えて100円硬貨がカチカチ鳴ってしまい恥ずかしかった。
最後の100円は夏休みが終わっても使わないで大切にとっておいた。
ホリくんは夏休み明け、私の書いた読書感想文をちゃんと自分の字で書き直して提出していた。筆跡についてはそこまで考えていなかったので、そこは感心した。
それでも、提出した途端からめちゃくちゃドキドキした。先生の手に、あの原稿が渡ったと思うと、たとえ筆跡がホリくんのソレでも、もしかしたらなにかしらの仕組みでバレるんじゃないか?
ところが、いつまで経ってもそのままバレなかった。ドキドキした気持ちは、いつの間にか消えた。そして、調子に乗った。
ビジネスパートナーに、よかったら次の年もやるよ、と声をかけたのだ。お金の力は、随分と私を大胆にさせた。
そして4年生の夏になると、ホリくんと、なんと驚くことにホリくんの家来みたいなヤツも2人来て「おれのも」と、それぞれ300円と原稿をよこしてきた。
その年は前回の経験を生かして、自由帳に原稿用紙3枚分に相当する感想文を書いた。自分の分も合わせて4人分は、正直きつかった。でも、頑張った。3人には夏休み中の登校日に、ノートを破いたものと、彼らの白紙の原稿用紙を返して、自分で原稿用紙に写せ、と指示をした。
私は有頂天だった。前年からとっておいた100円を合わせると、その年は1000円になった。前年度の3倍以上の売上げだ!小銭だったけど、1000円の大台に乗ったことが嬉しかった。
その頃にはアヤノちゃんジュリちゃん以外の友達もできていて、その夏には、いつも敬遠していた神社の夏祭りにも繰り出した。どれもこれも300円以上したので結局何も買わなかったが、その場にいられて、何を買おうかワクワクする権利があったということだけで、胸は弾むようだった。
もう私は普通の子と一緒だ。
そして、完全に味をしめた。
1000円は1年をかけてゆっくり使った。それから、来年の夏休みの販売に向けて、あらかじめ読書感想文を仕込むようになった。4人分一気に書くのは流石にきつかったので、労力を分散しようと考えたのだ。
いつもの読書のついでに、これは感想文に向いてる、と思うものがあるたびに感想文も書いておいた。秋冬春の間に合計8本の原稿が出来上がった。
そしてやってきた5年生の夏休み。目論見通り、去年の3人に加えてもう2人新規注文が追加され、5人に売り出すことになった。自分の宿題に1本充てたとしても2人分余った。残りは誰かに売り込もうか……そんな考えがよぎるようにまでなった。
ところが、そこで恐れていたことが起きた。私は再び夏休み中に他の学校へ転校することになってしまったのだ。着々と開拓していた絶好調の販売エリアだったのに、人事異動で手放すことになってしまった!
仕込んでおいてよかった。既存の顧客とは、夏休みが始まる前に契約完了させた。その年の売り上げは1500円になった。
アヤノちゃんとジュリちゃんには、お別れのお手紙を書いた。遊んでくれてありがとう。手紙を書くね。と書いた気がするが、金儲けの原動力となってくれてありがとう、とも思っていた。
新しい土地では一軒家に住むことができたが、壁が全面レモン色で、変な家だった。相変わらずお小遣いはなかった。
小学校高学年ともなると余計に出費は嵩むもの。この頃になると、ハイクラスの女子や男子は子どもだけでもバスや電車を使って街に出て遊ぶようになっていたし、ほとんどの子がお小遣い生活をエンジョイしていた。
なんとしてもまたこのエリアで新規開拓して、お金を得なければならない。驚くことに、偶然、その想いを増幅させるものに出会った。水曜ドラマ『お金がない』だ。
当時テレビ放送されていたドラマで、織田裕二演じる主人公のハギワラが、借金まみれで一文なしの状態から一流企業で大金持ちへと上り詰めていくサクセスストーリーだった。
私の心に再び火がついた。
やるんだ! ハギワラも、魂を捨ててナマケモノのモノマネまでしてお金を得ているじゃないか! 私は一体何をやっている! プライドを捨てて、新規開拓をするんだ!
プライドをかなぐり捨て、仲良くなりかけていた男子たちに声をかけていった。「読書感想文、買わない?」「6年の夏休み、ラクしたくない?」
どの学校でも、読書感想文は売れるということがわかった。ハギワラケンタロウが乗り移った私は、どんどん営業をかけ、どんどん本を読み、どんどん原稿を仕込んでいった。
新規見込み顧客は膨れ上がり、クラスのほとんどが私の事業を知ることになった。ラッキーなことに、この学校ではクラス替えが2年ごとで、5.6年生の間でクラス替えはなかった。見込み客の取りこぼしが少なくて済む。
そして運命の翌年。結果、本申込みに至った人数は、なんと15人。営業をかけたクラスの子たちから外にまで広がり、他のクラスからも頼まれた。
さらに、完全にハギワラケンタロウとなっていた私は、この学校では価格を急激に釣り上げていた。1本800円だ。6年生ともなれば、そのくらい出せるやろ、と踏んだのだ。15人×800円。なんと12,000円の大量契約! 一気に去年の8倍の売上げだ! 予想以上の成果に驚愕した。
仕込んでおいた原稿は10本。予想もしていなかったが、自分の提出分も含めて6本の在庫不足だ。でも、そんなのなんともない。
もうなんだってできる気がした。
必死になって書いた。1本1200文字の読書感想文を一気に6本。
読む。あらすじ。感動した部分。心が動いた理由。読む。あらすじ。感動した部分……
ひたすら書いた。楽しかったはずの読書も作文も、最後は地獄のようだった。それでも6本、仕込んでいたのも合わせて16本、全部を最初の登校日までに書ききった。
登校日に全員に原稿を配ってまわると、そのうちの1人には「やっぱりいい」と断られた。1契約、不履行となってしまったが、この原稿はまた来年使えばいいと思った。それでも今年の売り上げは11,200円。
欲しかったゲームボーイブロスだって、もう自分で買える!
自分で商売をしてお金を稼ぐという体験を味わって、この世の全てを手に入れたような気すらしていた。もう、あの頃の惨めな私はいない。最高の夏休み。その年の神社の夏祭りでは、自分のお金でフランクフルトを買った。
浮かれていた夏休みも終わり、2学期が始まった。流石に14人もの人が私の書いた感想文を提出するという事実には、とてつもない緊張感があった。
大丈夫。みんな、自分の字で清書してるはずだし。ばれっこない。
自分に言い聞かせるように何日かびくびくしながら過ごしていたら、その日がついにやってきた。
夕方だった。学校から帰った頃、先生から親に電話がかかってきた。顧客の一人、同じクラスの男子が親にうっかり話してしまい、学校に苦情が入ったのだった。
私は母と2人、学校に呼び出され、怒られた。お金も返すことになった。全員の家庭に訪問して800円を返した。母は死ぬほど謝っていた。無言の帰り道の空気の重さは、今思い出しても胃がキリキリする。
「その子たちの学ぶ機会を奪ったんですよ」先生には確か、そんなことを言われた気がするけれど、あまり覚えていない。
私が書いたものを出した子たちも、もちろん怒られ、読書感想文は改めて自分で書かされたようだった。
私にそそのかされ悪事に手を染め、罪悪感でドキドキさせられたうえ、先生や親に怒られ、2学期に夏休みの読書感想文を書かされた彼らには、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
世界の全てが終わった気がした。大変なことをしてしまったことにようやく気づいた。
とにかくお金が欲しくて必死だった。感想文を書くなんて大したことじゃないのに、とても喜んでもらえて、たくさんのお金と、友達との楽しい時間が手に入った。こんなことを発見して実行している自分は、最高だとすら思っていた。本当にバカだった。
それ以来、読書感想文でお金を儲けようとすることはしなかった。中学生からは、ようやく毎月のお小遣いがもらえるようになった。それでも、あまり使わなかった。より一層、本を読むようになった。自分の読書感想文だけを書く夏休みは、少し物足りない気がしたが、他にも山のように宿題があったので、そのうち忘れていった。
あれから何十年。私の子どもが小学生になり、夏休みに読書感想文の宿題が出されたのを見て、ようやく思い出した。子どもたちの学年だと、400字以上800文字以内だ。
「は? ツイート2,3回分じゃん!」なんて思ったりするが、子どもたちにとっては大変な作業らしく、夏中、苦しみながら書いている。そんな様子を見ると、やっぱり私にとってはちょろい数百文字でも、子供にとっては貴重な体験で、私がやっていたことは酷いことだったのかもな……何十年越しにようやく反省できたような気もした。
それでも、私は今また、あの時と同じように本を読んで文章を書いてお金をもらっているな……
なんてことを、noteの「読書の秋2020」という読書感想文のイベントの要項を見ていたら思い出してしまった。
さぁて、どんな本の感想を書こうかな。